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2023.10.09

企業経営の事例とウェルビーイング

企業経営の事例とウェルビーイング

 

ウェルビーイング優良企業から学ぶ押しつけない経営

京セラの稲盛和夫氏は、創業当時から全社員の物心両面の幸福を追求する、つまり社員が幸せであることが大事だとされています。最近では、清水建設の井上和幸社長も社員の幸せが大事だといっています。

また、トヨタ自動車の豊田章男社長も、トヨタの使命は「幸せを量産」することだ、という考えを打ち出しています。つまり、お客様に車を提供するのではなく幸せを提供するのだという大胆な発想の転換が見られます。

同様に積水ハウスの仲井嘉浩社長も、家をつくるのではなく「我が家を世界一幸せな場所にする」と発言していて、いよいよ企業トップが「幸せ・幸福」という言葉を使う時代に変わってきたと感じます。

それでは、社員とお客様、どちらの幸せが大事なのかといえば、近江商人の言葉ではないですが、わが社にもお客様にもよければ、それが結局は社会を幸せにすることにつながる、ということをみなさんは示しているのだと思います。では、次に幸せ追求企業の事例を見ていきましょう。

 

年輪経営を追求する伊那食品工業

伊那食品工業は、長野県伊那市にある幸せな会社として有名な企業で、「かんてんぱぱ」という寒天をつくる会社です。

現在は息子さんに社長の座を譲られた塚越寛氏が伊那食品の経営に参画したのは、いまからからおよそ60年前のことです。「いい会社をつくりましょう~たくましくそしてやさしく~」。これが社是・企業理念です。

では「いい会社」とはどういう会社でしょうか。会社案内から抜粋すると、〔会社を取り巻くすべての人々が、日常会話のなかで「いい会社だね」といってくださるような会社のことです。いい会社は自分たちを含め、すべての人々をハッピーにします〕とのことです。

つまり、会社の目的はいい会社をつくることで、利益を上げることはそのための手段であると、明確に打ち出しているのです。目先の効率は求めない。売上や利益の目標は立てない。前年よりも成長だけは目指すなど、理念を具体化した決め事も明確です。

塚越寛氏は、著書の『リストラなしの「年輪経営」』(光文社)で説く哲学でも有名です。

木は毎年少しずつ太くなっていきます。今年は陽気がよいからといって、いきなり2倍になろうとはしません。それが自然の摂理です。会社の経営も自然の摂理に合っているべきである。つまり、毎年少しずつ伸びる会社を目指すべきである。これが年輪経営の哲学です。実際に、前年より少しだけ成長することを目指す経営に徹しています。

その徹底ぶりを示す逸話が残っています。かつて寒天がブームになった時期があったそうです。寒天をつくればつくるだけ売れる状態でした。しかし、伊那食品だけは寒天を増産しなかったそうです。

同業他社は寒天製造機を新たに導入して増産に励み、ブームの利益を享受しました。しかし、ブームは必ず去ります。去ったあと、過剰設備がたたって倒産の憂き目を見る会社が続出するなかで、伊那食品工業は目先の利益に走らず少しずつの成長を目指したおかげで結局は生き残ったのです。

塚越寛氏が最初に経営に参画した60年ほど前は、寒天業界での伊那食品工業の位置はほとんど最下位だったそうです。それが長年の年輪経営の結果、いまや、寒天業界で押しも押されもせぬナンバーワンです。60年の間、ずっと増収増益だそうです。

興味深いことに、目先の利益を追わない会社が、最も長期的に利益を得たのです。つまり、ウェルビーイング経営は、長期的安定経営なのです。

伊那食品工業は現在、商品が非常に多様化していて、ただ寒天をつくっているだけではありありません。例えば、寒天と蜂蜜を混ぜることによりベタベタしない蜂蜜を開発するなど、多くのイノベーションを起こしている会社なのです。

従業員がやりがいを感じ、創造性を発揮して生き生きと働いた結果、イノベーションを起こすことができ、会社も安定して増収増益になっているのです。幸せな人は創造性が高いという事実を体現しているともいえるでしょう。

伊那食品工業の理念を具体化した考え方は、一般的な経営と比べるとユニークです。例えば、業績の評価はしない。会議には資料はないし、報告もない。給料は60年間毎年全員上げてきた。表彰はしない。給料にはほとんど差をつけない、といったものです。

そして、朝は社員が自主的に東京ドーム2個分のガーデンを掃除することも行っています。掃除というのは利他的な行為ですから、人にやさしくする力の育成につながります。また、各自の俯瞰的な気づきの力の教育にもなっていると思います。

誰がどこを掃除するかは決められておらず、朝に集まってから、「自分は玄関を掃除する」「自分は花壇を整える」「自分は芝生の手入れをする」など、それぞれが決めます。全体を見て判断し、その場でその日の作業担当を決める、ということが、俯瞰的に気づき俯瞰的に考える力を育んでいるといえるでしょう。つまり、社員全員が経営者のように考える訓練になっていると思います。

掃除は「ありがとう」因子を高めるのみならず、「やってみよう」因子、「なんとかなる」因子、「ありのままに」因子も同時に高め、自律心とリーダーシップを鍛える効果も担っているのです。

そのほかに、社員駐車場ではいつのまにか社員が車の後ろを揃えるようになった、お客様のための傘の向きも揃っているなど、一見過剰気味と思えるほどにきちんとしています。しかし、自分の姿勢がよいと幸せになるという研究もあるように、会社がきれいに整っていれば心もきれいになり、それで幸せになるということだと思います。

最後にこうした理念についての質問に対する、現社長の塚越英弘氏の答えを紹介します。「会議には資料がないとありますが、資料がなければ不便ではないですか」との質問に対する答えは、「家族で何か話し合いするときに子どもに資料はつくらせないでしょう。家族でしないないことを社員にさせる必要はないでしょう」というものでした。

「給料にほとんど差をつけないとありますが、それでは出来のよい社員が文句を言ったり出来の悪い社員がサボったりはしないのですか」との質問に対して、「家族でお兄ちゃんは出来がよいから小遣いをたくさんあげる、妹は出来が悪いから小遣いを減らす、ということはしないでしょう。家族でしないことは会社でもすべきではありません」という答えでした。

そこで、このような絶妙に管理しない経営は難しいのではないかと質問したところ、返ってきた塚越社長の答えは、「いや簡単です。家族だったらどうするだろうかと考えるだけです」というものでした。

伊那食品工業では、社員の方々が本当に家族のように仲よく生き生きと働いています。みなさん、充実したよい顔をしていました。