2025.01.06
地域とウェルビーイング ~自治体の取り組み~
生き心地の良い町
昨今、自殺率の高さが問題となっていますが、自殺率の低い町があります。徳島県の海部町(現・海陽町の一部)です。
岡檀(まゆみ)氏による『生き心地の良い町』(講談社)に、その理由が書かれています。
一つ目は、「いろいろな人がいてもよい、いろいろな人がいたほうがよい」。多様な人がいると幸せだということと関係しています。
二つ目は「人物本位主義をつらぬく」。個性を大事にして人間らしく生きています。
三つ目に「どうせ自分なんて、と考えない」。要するに自己肯定感を高く持って生きています。
四つ目が『「病」は市(いち)に出せ』。おもしろい表現ですが、つまりは具合が悪いと思ったらすぐにでも病院に行こうということです。心の病にかかった人は、病院に行かずに家にこもってしまうと、自殺へとつながってしまうリスクが高まります。うつ病は心の風邪ともいいますから、しっかりと治療を受けることが大事ということです。
そして五つ目。「ゆるやかにつながる」。社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の議論にもありますが、「弱い紐帯(ちゅうたい)」と呼ばれる緩やかなつながりです。緩いつながりがある人や地域は、レジリエンス(折れそうになっても立ち直る力)が高いといわれています。「ゆるやかにつながる」ことが自殺率の低さという結果に表れているのです。
いうまでもなく、自殺は不幸の結果です。不幸を減らすためのすばらしいヒントがこの町にあります。
地域活性化に挑む自治体の取り組み
自治体においても、ウェルビーイングに関する試みが行われています。
埼玉県横瀬町では「すべての人が幸せについて学んだ町」を目指し、小中学校でウェルビーイング教育を実施しており、私(前野隆司)も参加しています。
神奈川県鎌倉市は、鎌倉スーパーシティー構想のなかで「世界一Well-Beingが高いまちKamakuraの実現」を目指しており、こちらでも私はウェルビーイングリサーチオフィサーとして活動させていただいています。
埼玉県さいたま市は「幸せを実感できるまちづくり」を掲げており、そのシンカ推進会議に私も参加させていただき、ウェルビーイングを考慮した町づくりを行っています。
古くから行われてきたものとして、長野県小布施町の「町並修景事業」があります。「栗と北斎の町」として有名な地域ですが、名物の栗菓子屋や葛飾北斎の美術館などを中心に、住居と商工業を併せて回遊できる町づくりに取り組んでいます。古い町並みをただ保存するのではなく、古い景観の要素を残しつつ、住民の生活に必要な新しい建築物や道路なども整えているのです。保存を優先させれば生活が窮屈になります。小布施町は、景観とともに人々が楽しく快適に生活できる町づくりに挑んでいる事例です。私も、小布施町・慶応SDMソーシャルデザインセンターの活動を通して関わっています。
また、私も研究に参加した「芝の家」という取り組みがあります。慶應義塾大学と東京都港区が協力して縁側のある小さな家を運営していて、キッチンやリビングも備えています。これは居場所をつくるという試みです。地域に居場所があると、特に目的がなくても人々が気楽に集ってきます。お年寄りから子どもたちまで、いろいろな人が集うことで幸せになるという実験の一つです。
島根県の海士町、徳島県の神山町、岡山県の西粟倉村など、地域活性化で有名な町や村があります。海士町は隠岐島の一つの町ですが、コミュニティデザイナーでstudio-Lを主宰する山崎亮氏らによる「島の幸福論」と名付けられた総合振興計画によって活性化した事例です。現在もさまざまな試みが行われています。
神山町は、サテライトオフィス・コンプレックスの神山バレーで有名です。シリコンバレーのようにIT系の人が集まる町で、「人と事業が互いに出会い成長するオフィス」を標榜し、神山発の新しいサービスやビジネスを生み出すことを目的にしている、とのことです。
西粟倉村は、地場産業の林業をもとに、木材を活用する企業が相次いで設立されるなど、起業家の村として知られています。環境モデル都市やSDGs未来都市に選定されたほか、「ふるさとづくり大賞」の優秀賞も受賞しています。
宮崎県新富町の「こゆ財団」もおもしろい取り組みです。地域課題をビジネスで解決する団体です。役場は全体の奉仕者なので、特定の産品だけを推奨・応援することは困難です。そこで、ふるさと納税などを財源にして財団をつくり、この財団が協力することによってある農家が「楊貴妃ライチ」というブランドの一粒一〇〇〇円のライチをつくるなど、地域経済を活性化している事例です。「こゆ財団」のホームページには、地域の特産品で稼いで、地域の教育に再投資する地域商社と謳われています。私たちも起業家育成プログラムでウェルビーイングを教える講師として参加しました。
新富町は、そのほかにも、「ユニリーバスタジアム新富」というサッカー場をつくって球団を誘致するなど、種々の新しい仕掛けにより活性化に挑戦しています。
このように、ウェルビーイングを考慮した地域づくりは、さまざまな自治体で行われています。これからもさらにさまざまな事例が積み重ねられていくことでしょう。