2025.06.15
社員の幸福が企業価値を伸ばす!ウェルビーイング経営ガイド
はじめに ― なぜ今「ウェルビーイング経営」なのか
ここ数年、「ウェルビーイング 企業」という検索語が右肩上がりに伸びています。従業員は重要な人的資本であるという考え方が定着し、社員の健康を重視する健康経営が注目されましたが、企業は従業員の心身の健康だけでなく“幸福度”も重視するべきという考え方が広まりました。さらに 2023 年の有価証券報告書改訂で人的資本情報の開示が義務化され、ウェルビーイングの充実度が投資家評価に直結する時代へシフトしました。ところが、実務レベルでは導入手順を体系的に解説した情報はまだ不足しているようです。
本記事では ウェルビーイングの定義からウェルビーイング経営の効果、導入事例、導入へのロードマップを解説します。本記事をお読みいただき「まず何から着手し、どう成果を示すか」を具体的にイメージしていただければと思います。
ウェルビーイング経営とは?定義と世界的トレンド
国際的定義と変遷
「ウェルビーイング(well-being)」は、世界保健機関(WHO)の憲章による「健康の定義」において、”病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること(日本WHO協会訳)として使われたことによって広まった概念です。疾病がないだけでは不十分で、“積極的な健康” を追求すべきだと示しました。
OECD は「Better Life Index」で雇用・教育・安全・コミュニティなど 11 項目を総合評価し、国家比較を実施しています。ウェルビーイングは単なるヘルスケア指標ではなく、社会参加・人間関係・自己実現まで包摂する概念とされています。
健康経営との違い
健康経営は医療費抑制や疾病予防を目的とした企業の“コスト削減”を重視する側面がある一方で、ウェルビーイング経営は従業員の幸福感・自己肯定感・社会的つながりを高めることで、生産性を向上させることや、“価値創造型” の成果(イノベーション・対外ブランド向上)を出しやすくすることを重視しています。
潮流を生んだ3つの背景
近年、ESG投資という言葉が投資家の関心を集めています。ESG 投資とは、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の3つの要素を考慮して、企業に投資する手法です。従来は財務情報(利益率やキャッシュフローなど)だけを重視した投資が一般的でしたが、ESG 投資は、これらの非財務情報も考慮することで、企業の長期的な価値を評価し、投資判断を行うことを目的としています。具体的には、環境問題や労働条件、倫理的な経営など、企業の持続可能性に配慮した企業に投資することで、長期的な収益を追求するとともに、社会貢献に寄与する投資手法です。ウェルビーイングは「S(社会)」の主要評価項目として考えられており、関心が高まっています。
また、慢性的な人材不足と人材の流動化や、「やりがい」「誰と働くか」を重視する層が増えてきたことや、テクノロジーが進化し、バイタルデータやパルスサーベイで一人ひとりの状態をリアルタイムで可視化できるようになったことにより、ウェルビーイング施策の効果を検証しやすくなったことも後押ししています。
ウェルビーイングが企業にもたらす価値
エンゲージメント向上
Gallup 社の調査では、従業員エンゲージメントが高い会社は利益率が向上すると言われています(Gallup 従業員エンゲージメント)。ウェルビーイング施策は「会社が自分を大切にしている」という信頼を醸成し、従業員の自発的貢献行動を引き出します。
生産性の最大化
心理的安全性が高いチームは創造性が 3 倍、ミスが 30%減少するとの報告があります。(『ハーバード・ビジネス・レビュー』(ダイヤモンド社)「幸福の戦略」に学ぶ、幸福度とパフォーマンスの関係性について)組織のウェルビーイングを高め、集中とリカバリーのバランスを整えることで「短時間で高付加価値」を実現します。
採用ブランド強化
近年、就活生/転職希望者の多くが「企業が従業員を大切にしているか、社会にどのような価値を与えているか」を重視しています。人的資本へ積極的に投資している会社は、優秀な人材の関心を集めやすくなります。
リスクマネジメント
精神疾患により従業員が長期休職すると、をの従業員の年収の3倍以上の機会損失とも試算されます。休職させる前に早期ケアを行うことで、損失や離職・訴訟・炎上など多面的なリスクに対応することが可能です。
ESG スコア向上
サステナビリティインデックスでは「ウェルビーイング関連指標」が投資判断の重要な指標となります。企業価値評価や資本コスト低減にも直結します。
ウェルビーイング経営の効果については、以下の記事でもご紹介しています。
日本企業の先進事例10選と成功要因
トヨタ自動車
トヨタ自動車は「幸せの量産」を合言葉に、製造現場が参加する Emotional Well-Being研究会を開催。ウェアラブルで作業負荷と感情を測定し、データに基づき動線・姿勢を改善、世界各工場へ水平展開しています。
楽天グループ
楽天グループは健康宣言「Well-being First」を掲げ、本社カフェテリアで朝昼晩の食事を無料提供。社内クリニックと24時間ジムを整備し、パルスサーベイでストレスを即時可視化して課題部署へ迅速介入する仕組みを築いています。
積水ハウス
積水ハウスは「世界一幸せな会社」を目標に、PERMA研修と睡眠改善アプリを全社員へ導入。上長が睡眠データを共有し面談・勤務調整を行い、ウェルビーイングを高めています。
アシックス
アシックスは「Sound Mind, Sound Bodyの体現」を目指し、社内ラン大会とウェアラブルリングで心拍・歩数・ストレスを可視化。データで勤務調整と動線を改善し、欠勤率の減少を達成しました。
デンソー
デンソーは全社員約が毎年ストレス+睡眠チェックをAIで解析。高ストレス者へ産業医面談と早期配置転換、照明・騒音改善を実施し、復職率を向上させ心身の健康を大切にする文化を醸成しています。
丸井グループ
丸井グループは手挙げ制プロジェクトと自己選択異動を制度化し挑戦ポイントを付与したことで、企画提案数増加、エンゲージメント指数向上を果たし、働きがい向上施策を全社展開しています。
パソナ
パソナは淡路島拠点へ期間移住できるハイブリッドキャリア制度を導入し、農業・観光・芸術にも従事可能。自然環境で通勤ストレスを解消し生活満足度を向上、業務と生活の融合で創造性を高めています。
OKI
OKIはスマートビルにセンサーを敷設し階段利用・温度・CO₂を測定、クラウドで行動と環境を可視化。健康行動スコアを個別配信し部署別分析で施策を最適化、2024年実証で職場活性と生産性向上が確認されているとのことです。
PHONE APPLI
PHONE APPLIは全席フリーカフェ化と社内SNSの感謝スタンプ指標を導入。部署対抗チャレンジで交流を促進し、健康関連コストの削減と幸福度の向上を達成しています。
各社に共通している成功の要因として、経営層が自らウェルビーイング経営にコミットしており社内へのメッセージ発信や予算確保がスムーズに行えていることや、各社それぞれのウェルビーイング経営の形について継続して議論できていることが挙げられます。
ウェルビーイングを企業経営に導入した事例は、以下でも詳しく解説しています。
実践ロードマップ 経営ビジョン策定から効果測定まで
ウェルビーイング経営を成功させるには、まず社長自らが「幸福を企業の成長エンジンにする」と宣言し、十分な予算と担当権限を確保することが出発点となります。
続いてパルスサーベイやウェルビーイングサークルなどの診断で現状を数値化し、離職率やエンゲージメントなど重点指標を特定し、KPIと目標期間を盛り込んだロードマップを策定したら、一部署で小規模に試行し、ツールと運用を洗練して全社展開へ移行することが考えられます。
実行後は定期的に変化を可視化し、財務・非財務のROIを経営会議へ報告、ボトルネックを速やかに修正する――このように実践しながらPDCAを持続的成果を生む鍵となると言えるでしょう。
施策アイデア - 従業員が「幸せに働く」環境を作る
続いては、従業員が働きやすい環境づくりの例を挙げます。
ワークスタイル改革
フルリモート/ハイブリッド/週 4 正社員など選択肢を複数用意することで、子育てや介護など配慮が必要な方でも働きやすい環境を用意することができます。
マイクロ休暇制度:15 分単位で取得できる制度を整えることで、子どもの病院の付き添いなど柔軟な働き方が可能となります。
健康支援
運動ポイント付与:歩数に応じたインセンティブポイントを付与するなど、運動を促して社員の健康を促進する効果があります。
24 時間 カウンセリング:専門カウンセラーと即時チャットできる仕組みを用意することで、上司に相談しづらいプライベートな悩みを解決し、精神的な健康を維持して働くことができます。
コミュニティ形成
社内 SNS に「ありがとうスタンプ」機能を設置し、称賛の言語化 を促進する仕掛けや、趣味の活動や部活費用を補助することで、部署横断のつながりを創出することができます。
オフィス環境
観葉植物や木材を使った落ち着いて働けるスペースや、短時間集中用のポッド型ブース、偶発的会話を生むカフェスペースを併設するなど、コミュニケーションを生むオフィスが増えています。
ESG・サステナビリティ戦略との統合
人的資本開示の必須項目
離職率・男女賃金差・研修時間・健康経営度などのウェルビーイング指標は、財務指標と並び、人的資本への取組みとして開示が求められ、定量評価の対象となっています。
統合報告書への落とし込み
ステークホルダーへの説明に使われる統合報告書で「ウェルビーイング→エンゲージメント→イノベーション→企業価値向上」のストーリーを企業独自のメッセージとして発信する企業が増えています。結果、企業の在り方や姿勢が効果的に認識され、企業イメージの向上や採用上のメリットが生まれています。
サステナビリティ委員会との連携
人事・経営企画・IR・サステナビリティ部門のクロスファンクションチームを設置し、施策計画・実績・改善を四半期ごとに共有してESG スコアとの連動評価を行っている企業もあります。
DX × ウェルビーイング:テクノロジー活用最前線
ウェルビーイング経営を加速させるうえで、デジタルトランスフォーメーション(DX)は欠かせません。
まず入口となるのが パルスサーベイ です。KARTE Feedback や wevox などのクラウドツールは、1 分ほどの設問を週次・月次で自動配信し、結果をリアルタイムにダッシュボードへ可視化します。そのため、経営者やマネジャーは離職リスクやモチベーション低下の兆しを即座に把握し、面談や業務調整を「その週のうち」に打てます。従来の年 1 回サーベイと比べ、改善サイクルを大幅に短縮できる点が特徴です。
さらに ウェアラブルデバイス を活用すれば、従業員のフィジカル面も把握できます。Oura Ring や Fitbit Sense が取得する睡眠深度やストレススコアは API 連携で社内 BI に集約でき、個人を特定しない形で部署平均を確認することで、繁忙期のシフト間隔や照明環境を科学的に設計できます。実際に、作業ミス率が減少した事例も報告されています。
職場コミュニケーションの領域でも DX が有効です。Slack や Microsoft Teams に実装できる 感謝スタンプアプリ は、日常の「ありがとう」を数値化し、部署別の心理的安全性を見える化します。定量化されたデータにより称賛文化が根づき、エンゲージメント向上と部門間コラボの活性化が期待できます。
こうしたデータを束ねるのが People Analytics Suite などの AI 基盤です。勤怠・評価・コミュニケーションログを機械学習で横断解析し、退職ハイリスク者やバーンアウトの予兆をスコアリングします。人事担当者は、それらの情報をもとに配置転換や業務負荷調整を先手で提案でき、介入コストと離職コストの比較によって ROI を明確に示せます。
一方で、DX 化を進める際には プライバシー保護 が不可欠です。個人情報はハッシュ化し、部門以上の粒度でのみ共有するほか、保存期間や閲覧権限を情報セキュリティ委員会が定期点検するガバナンス体制を整えましょう。
導入の勘所は「小さく試す」ことです。まず 1~2 部門でサーベイとウェアラブルを連携し、効果と現場負荷を検証してから段階的に横展開します。テクノロジーと人間的ケアを両輪で推進すれば、ウェルビーイングの可視化・高速改善・ROI 証明という三つの課題を同時にクリアできます。
よくある課題と解決策(FAQ)
Q1 ウェルビーイング経営の投資対効果をどう説明すればよいか?
A1 離職率・欠勤率・医療費・エンゲージメント向上額を数値化し、施策前後の差分で ROI を算出することが考えられます。初年度はコスト回収、2年目以降は利益寄与を示すシミュレーションを提示すると経営層の納得度が高まります。
Q2 現場から「施策が増え過ぎて負担だ」と反発が出た場合は?
A2 小規模なパイロットを設定し、工数を最小限に抑えた成功事例を素早く共有します。現場に KPI 連動ボーナスや称賛制度を組み合わせることで能動的な参加を促せます。
Q3 海外ベースの指標は日本の職場文化に合わないのでは?
A3 PERMA や Gallup Q12 など普遍的指標に、「長時間労働」「上下関係の心理的安全性」など自社特有の項目をカスタムすることで文化適合度が高まります。
Q4 データ取得が個人のプライバシー侵害にならないか?
A4 個人特定を排した集計データのみを経営層に提示し、プライバシー保護ポリシーを周知します。情報セキュリティ委員会で取得範囲・保存期間を定期レビューすることで信頼性を確保できます。
Q5 施策費用が高額になりそうで踏み切れない
A5 無料ツールと低コスト施策から始め、効果が確認できた段階で段階的に投資を拡大します。初年度は全体予算の 0.3〜0.5%、3年目で 1%を上限にする企業が多いです。
Q6 遠隔地や在宅勤務者をどう包摂するか?
A6 バーチャルカフェやオンライン運動イベントを活用し、対面と同等の交流機会を用意します。カウンセリングもチャット・ビデオ対応を整えて格差をなくします。
Q7 HR チームの運用負荷が急増しないか?
A7 サーベイ集計やレポート作成は BI ツールで自動化し、専門家や外部ベンダーを活用して伴走体制を敷きます。担当者の燃え尽き防止にリソース配分を定期的に見直すことが重要です。
Q8 ツールやベンダー選定の基準は?
A8 ①データ連携(API)②匿名性保護 ③料金体系の透明性 ④サポート体制を比較表で評価します。導入前に 2〜3 社の PoC を行い、自社文化との親和性を確認すると失敗を防げます。
Q9 制度を導入しても形骸化しそうで心配
A9 四半期ごとに経営層へ成果報告し、優秀実践部門を表彰することで社内にポジティブな循環を作ります。OKR や MBO と連動させ、組織・個人両方に定着させる仕掛けが不可欠です。
Q10 法令・ガイドラインとの整合性はどう担保する?
A10 健康経営度調査票や厚労省のストレスチェック指針、個人情報保護法をベースラインにし、弁護士・社労士と連携してコンプライアンスをレビューします。更新があれば速やかに制度と運用フローを改訂してください。
(まとめ)ウェルビーイング経営で企業の持続的成長を実現するポイント
ウェルビーイング経営を始めるにあたっては、まず社員の幸福と会社のビジョンを一致させるストーリーを経営計画に組み込み、本気でウェルビーイング経営に取り組む意思を社内外に示すことが大切になると考えます。
次に、離職率やエンゲージメント指標など非財務のKPIを設定して、定期的に検証する仕組みを整えることで、振り返りや予算確保が進んでいくでしょう。
さらに人的資本開示やESG投資と連動させることで、施策の成果を資本市場や求職者に企業の魅力が効果的に伝わって、競争優位を得られると思います。
経営陣を巻き込んだ社内外への情報発信、KPIドリブンの運用、高度な開示の三位一体で、ウェルビーイング戦略は持続的成長の柱となるでしょう。
ウェルビーイングを企業で実践する取り組みは、石川県小松市のパーティション(間仕切り)専業メーカーであるコマニーさんの事例記事でもまとめてありますので、よろしければご参考ください。
ウェルビーイング経営は 人の幸福と企業成長を同時に押し上げる経営戦略です。
今日から一歩を踏み出し、データと共感でアップデートを繰り返せば、持続可能で愛される組織へと進化します。
ウェルビーイング研修・経営支援サービス
幸福学の研究に基づいた幸せな組織づくり
幸福感の高い社員の創造性は3倍、生産性は31%高く、売上は37%高いという研究結果があります。
オックスフォード大学とハーバード大学による研究では、米国上場企業1,636社のデータを調査した結果、従業員の幸福度が高い会社は企業価値・収益性・株式市場でのパフォーマンスが高くなる相関関係があることが発表されています。
長年にわたる「幸せ」の研究や組織運営の経験、その実践的な知識を活用することで、個々人の幸せだけでなく、組織全体のウェルビーイング実現をご支援させていただきます。